親が子どもに説教しようと思ったら、何時間だってできます。親の方が物をよく知っているし経験もあるから、いくらでも言える。
でも、何か言いたくなったときに、そこで五秒待つんです。「早くしなさいっ!」「それはダメッ!」と子どもに言うのを、ちょっと待つだけで違います。
五秒でも十秒でも自分で決めて待ってみていたら、子どもは何かオモシロいことをしますよ。とにかく一息待つ。
そこにこんなことが書いてあります。演出家が俳優に歩いてみるように指示して、そばから「そんな風に歩く人があると思うのかね?」とか「重心をとって」とか「行手に眼をやって」とか言うんです。そうすると俳優はだんだんコチコチになってきて、動けなくなる。つまり、正しいことを立て続けに言うと、人間は動けなくなるんです。
それと同じで、人を育てるときも、何も正しいことを言えばいいわけじゃないんです。親子でも、冷たい目で見られて正しいことばかり言われたら、絶対たまらんですよ。
ドイツ文学者の子安さんが、姪に絵本を読んであげようとしたときのことです。姪の友達が横にいて、その子が「そんなん知ってるわ!」とか言って、じゃかじゃか邪魔をするので、子安さんは「嫌な子やなぁ」と思っていたそうです。
ところが最後まで読み終わったあとに、その子が「おばちゃん、もいっぺん読んで」って言うんです、「ん?」と思うわけですよ
子どもは二人いるのに、おばちゃんは姪のためにしか読んでいないと、その子には分かったんですね。でも「私にも読んでね」とはなかなか言えないから邪魔をしていたわけです。
そのときの子安さんに、「わたしに読んで」といったら分かってくれると思わせるものが何かあったんでしょうね。その子がそういわなかったら、「あの子、いやな子ね」で終わってた話だ。
人が本を読んでるのに「そんなん知ってるわ!」とか言って、そばで邪魔をしていたんだから。でも、それは、「私にも読んでね」というサインだったねすね
それでも、正真正銘待つというのは、難しいですね。ついイライラしてしまう。黙ってる相手がいつしゃべるか、と思ってるんじゃ、全然待ってることにならないんですよ。子どもにその感じが全部伝わってるんだから。
ただ、自分を殺して待つ必要はないんですよ。たとえば、子どもがティッシュをどんどん引っ張り出してるときでも、「子どもが面白がってるんだから」と、頭で考えてやらせておいたりすると、どこかおかしくなる。普通は「もったいない」と思いますよ。そのときは「もうやめよ」ってとめたらいいんです。
「ちゃんと待ってる」とか「ちゃんとそこにいる」っていうのは、ほんとに難しいことです。